終わりがあるということ
我々の生活には何事にも"始まり"と"終わり"がある。
人生もそうで、オギャアと生まれてから息を引き取るまでがそう。
終わりというものは、前もってわかっていないと人は「急だ」と言うし、「聞いてない」とも言う。
どういう場合も共通して、心の準備というものができていないからそうなる。
しかし、前もってわかっていてもまた、思うところができてしまう、これが人間の性なんだろう。
我々はいま、「あと2ヶ月を切っているよ」という現実を突きつけられている。
こうなるとなにをするにも"最後の"という枕詞がつきはじめる。
最後の遠征
最後の野外
最後の対バン
最後のワンマン
最後のチェキ
ぜんぶぜんぶ、我々がこれから受け入れていく必要のある現実。
今のところ、遠征というものの最後であろうもの(?)を終えて、筆をとろうと思ったのでここに書いてみている。
昨晩、ヲタク大宴会があった。
正直、今この空間を共有している人たちとはいえ、"怖さ"があったのでずっと距離を置き続けるつもりでいたのだが、自分の中でそれではいつか後悔するぞという気持ちも共存していた。
結論から言えば、お互いがお互いを、お互いの価値観や物ごとの見え方を、ただただ知る機会がなかっただけなのだけれど。
ぼくは先日の1期2期ツーマンを見るまでずっと、それはそれはずっと1期の亡霊だった。
2期というものを目の当たりにして「なんであんなにも大好きで大好きで仕方がなくて、涙を流しながらありがとう、さよなら、をしたものがこう形を変えたのだ?」と、最初は思っていた。
その後別物だし、推しメンかわいいし、大好きなコンテンツの最後くらいちゃんと見届けないと後悔するよね、って自分の中で割り切ったつもりでこの半年くらい通ってみていたのだが。
ただ自分の中で割り切れていなかったというか、しっかりとした区別をできていなかったんだなとツーマンの時にやっと気付いた。
その時にやっと、取り憑いたなにかが肩からスッと落ちた気がした。
両方を、それぞれとして認識し、愛す。あの時からやっとできるようになった。
気付いた時にはもう残り2ヶ月を切っていて、それでもまだ2ヶ月弱は残っていて。
ものの見え方がある種"正しく"なった自分で、その自分なりに最後にちゃんと向き合おうと思う。
終わりがあるということは、そしてその場に居合わせられるということは、すごく儚い。
最後を最後だと噛み締めて、全力で向き合って、全力で楽しむ。
推しは推せる時に推せとよく言うが実はそれ以前で、好きな事や好きな人を好きだと言葉にすること、そしてそれを好きの対象に伝えること、これができないといつかどこかで後悔する。
そして、好きだと伝えられる環境って本当に貴重だから、ちゃんと大事にする。
後悔しかない人生だから、これ以上後悔したくはないのでね。
大好きな人へ
大好きです。これまでも、これからも、ずっと。
本気なんだからねー
"儚い"ということ
ここ最近、といっても1年程度だろうか。アイドルシーンへの魅力をさして感じなくなってしまった。
このご時世と呼称する期間になる以前の2019年だとか、そのあたりのシーンが楽しかった。
横丁を赤レンガでやっていた、あの頃のシーンが一番楽しかった。
そういう感覚の身にとってはいわゆる声出し禁止がマストな"現代的"な現場に行こうともあまり思わず。別に声出ししたくて行くわけでもないんだけれど。
あの頃って大きめな対バン行ったら回るタイテを組むのに一苦労だった。それだけ見たいなと思うグループが多かったし。
学生で体力もまだあった頃でよかったなと今では思う。
今はTIFですら空き枠がちらほら見当たるレベルに興味を抱かなくなった。
得ている情報量が以前よりも大幅に減ったこともひとつの要因ではあると思う。
ただ、たとえば今のシーンにおいて2018年や2019年の頃のようなムーブメントをしたとしてもきっとあまり変わらないんだと思う。
それだけ数多あるグループが量産的になったし、無個性になったともいえよう。
今のシーンではTIFの夕方、帰りしなのみんなも一緒になってイエッタイガーを叫ぶような影響力のあるグループがいない。これは明らかだと思う。
例に挙げたベビレが優れていたことは言うまでもないが、今は別にそこは論点ではないので割愛する。
そんなこんなで今のシーンにのめり込めないというのが本心だ。
"儚い"
それは淡く消えやすいさまを示す最適語だと思う。
先に挙げた頃のアイドルシーンにはそんな儚さがあったのだろう。今振り返るとそう感じる。
だから熱くなれたし、こみ上げて感じるものがあったんだろう。
昨日久々にそんな昔のことを思い出しては懐かしみ、そしてそれに近いなにかを感じた。
また時間軸が過去に戻るが、2020年に入ってすぐに我々はみな日常が失われた。
きっと自分のヲタクとしての命の灯はそこで尽きていたのかもしれない。
2020年頭にはtip1期の最後を見届け、2月末を最後になにも気にせずコールのできた現場はなくなった。3月のヌュのときにはもうなにがしかの制限があったと記憶している。
その後は惰性でコンカフェに通い、惰性で熱中した気になり、昔をちゃんと振り返るとそう思ってしまうくらい"あの頃"を謳歌していたし、今だって取り戻したいと思う節もある。
tip1期ってどうしてあんなにも魅力的で、そして儚かったのだろうか。
前者は(これは小文字nuanceでも感じるが)「あのメンバーが揃っていたから」に尽きると思う。
都塚寧々がいなければ"曲はいいよね"で終わってたかもしれないし、椋本真叶がいなかったら絶対にあんなに通っていなかっただろう。日野あみがいなかったらフロアは熱くなってないし、ある一定の条件下では三原海が憑依してくるし、花咲なつみの声がなかったら"完成"しない曲もあるし、成瀬ゆゆかがいなっかったら周囲の愉快な限界ヲタク達はもしかしたらいなかったかもしれない。
この6人が創り上げるものだからこそ見届けたいな、と思えたし、夢中になれた。
そしておそらく終わりが明確だったからほかにも増して儚かったのかもしれない。
いつだかこんなブログを書いていた。
今読み返すとあまりにも痛々しくて本当はリンクを貼るのも憚られるくらいだが、"あの日"を終えた直後の"生きた文章"だから致し方なく。
この時の自分は"今という時間はとても儚く、尊い"ってことに気付けるわけもなかった。
あまりにも狭い視野で、その瞬間(とき)を生きるのに精一杯だった。
約4年前になってしまうこの文章を綴った時は本当の意味で"生きていた”、そう感じる。
それを振り返ったら人間はきっと儚いと思えるのだろう。
そして、振り返ることを半強制的にせざるを得ないのが3年ルールなんだと思うし、だからこそ儚さをより感じるのだろう。
それに当時の自分は気づけなかったことが今となっては悔やまれる。
2期は1期からの流れで観測範囲にはもちろん入っていたが、やはり1期を超えられないんだろうなと思ってしまってなかなか行けずにいた。
ちゃんと行こうと思う前に悠木うたがいなくなり、日野あみも。
かと思ったらメンバー増えたり減ったっり、正直落ち着かないなぁと思ってもいた。
そしてまた増えるのかぁ、でも人数的には落ち着くよねぇと思った程度だった、それが2022年3月。
りみゅと対バンで被るっていうから見に行ったのが2022年12月。
2期お初!
— ななよん🌸🍋 (@74__54) 2022年12月16日
この目で見るまで1期のあの楽しかった時とのギャップを気にしちゃってたけどちゃんと楽しかった!
そして密かにリスインしてためみさんと会えまして、本当にかわいくて…………………… pic.twitter.com/9dFzRSDOZ1
2期も捨てたもんじゃないなぁって気づかされて。
ハジマった可能性って感じですね(かわいい)
— ななよん🌸🍋 (@74__54) 2022年12月16日
そして小宵めみに惚れ。
僕らのハジマリ(死語)は2022年12月16日だったんですね、って昨日たそに言われて時の流れを再認識した。
あれから1年が経った。
住む場所も仕事も何もかも環境が一変し、以前のように現場に行くことは正直難しくなった。
余計に"もう現場通うの潮時だよな"と思うことが増えた。
けれど、それでも、小宵めみのことは最後までちゃんと見届けたい。
アイドルとしてちゃんと推す(当社比ちゃんとは推せてないけどゆるして)のはたそが最後になるかもしれない。
というかこの"儚さ"を感じて、熱くなって向き合えるアイドルってきっともう出てこない。
それは時の流れでシーンが変わってしまったこと、自分を取り巻く環境が変わってしまったこと、ほかにも色々織り交ざってそうなんだろうな、と思う。
ヲタクとしての最期のひと時を、きっと近々迎えるのだろう。
2期の"その時"が来るのはできるだけ先であってほしい。
でも時が来たら今度はちゃんと受け入れられるだろう。
"儚い"ということにちゃんと気づけたから。
その瞬間をひとコマずつ、ちゃんと記憶すると決めたから。
そして時が来たら伝えよう。
"儚い"時間をありがとう、と。
あっと名古屋出張店にご帰宅したい&したかった方へ
せっかく水木とご帰宅したので簡単なごあんないと、告知時に気になっていたアプリ挙動などについて書いてみました。
参考になれば幸いです。
まず公式のリンク。結構情報が更新されがちなので要確認。

場所は大須観音駅の3番出入口から出てすぐの場所なので迷うことはたぶんないと思います。
車の場合も駐車場が近くに多くあるため、困らないでしょう。実際困りませんでした。
待機列ですが、店舗は階段を上った上にあるのでそこを先頭に階段下までで約20人、そこから列が折れて駅側に進み、隣のテナントさんのあたりまでで約25人、そこから歩道反対側に列が途切れて駅方面にのびます。
そこからテナントさんを2つ挟んで隣の駐車場のあたりまでで約30人。
ここまでで3時間待ちだと思ってください。
待ち時間は暇なので、軽い飲食物と寒さ対策、可能であれば椅子があると楽だと思います。
朝イチは抽選になったようです。

※サークルツイートから拝借しました
木曜朝は抽選時点で約80人、直後に並んで15時inだったので土日は特に大変だと思います。(行く人がんばれ…)
中に入ってからはいつもと違って 見慣れた 手書きの伝票。

専用のペーパーマットも用意されています。(持ち帰り可)
どうでもいいですが、伝票バインダーはいつものセキセイさんのやつ。
アプリから確認はできませんが、チェキボードはあるので安心です。

また、場所を貸してくれているレイノセレステさんの方々も新人服でお給仕しており、アミューズメントを入れることができます。(QRはなし)
ちなみに もぶ さんという方が店長さんだそうです。期間中毎日ほぼオーラスでいるって。
配布されているアプリクーポンでクリアファイルもらえます。



※これ以外のクーポンはブロマイドサイン等含め対応不可です。
アプリ挙動に関して気になる最大の部分は認定証ポイントの反映方法。

出張)名古屋店 ご帰宅
というステータスで記録が付きました。
また、SP同様イベントQRが掲出されています。

最後に気になる決済方法ですが、現金、クレジットカード、PayPayに対応しています。(au Pay等のSmartCode系決済は利用不可)
クレカはAirペイのリクルート端末(気になる人は調べるとすぐ出てくるよ)での決済のため、4桁の暗証番号が必要になります。
PayPayの加盟店登録がどうなっているかも気になるところですが、

外部イベントというくくりで店舗登録されているようです。
ざっとこんな感じです。
とにかく待つから覚悟して準備しましょう。ノープランで待つの、しんどい。(切実)
他気になることあったらリプかDMください。答えられることは答えます。
では。
自己紹介をするやつ
最近いろんな方からお前は何者なんだといった趣旨のご質問をいただく機会が"大変"多く、都度お話しするのが結構大変なのでここに書き連ねていきます。
ご興味のある方は見てってください。
どうでもいいなと思ったら閉じてください。w

【プロフィール】
名前:ななよん
誕生日:1999(H11)年 9月 9日
出身地:埼玉
出身校:埼玉県立川越高校(高70回)
現住地:東京
愛車:DAA-NHP10(トヨタ・アクア) "ヒノノアクア"

ざっとこんな感じです。気になる部分あったらまた追記します。
で、これを書くことになったきっかけが"名前の由来"をよく聞かれるから、です。はい。
高校入る頃から使ってる名前なので都度説明するのにもう割と疲れちゃったので気になるならコレ見てくれって言いたくて書いてます。
結論から言うと

コレです。はい。747の74です。
B747-400が由来です!なんて口頭で話しても通じんのですわ。それも説明が億劫になる理由のひとつです。
あと純粋にこの名前名乗るようになってからしばらく経って趣味的に航空系からは遠のいてるので、それもありますよね。
他にも気になることあったら聞いてみてください。
だいたいはお答えできると思います。
ではでは。
またひとり、いなくなる
実感は未だにあまりないんだけれど、確実に昨日、彼女は卒業公演の舞台に立ち、卒業した。
自分はそれを聢と見届けたし間違いのない事実なのだが、実感は本当にない。
うーん、なんだろう、推してた期間が短いからだろうか。
短かろうが、卒業を見届け、その時のメンバーからのお手紙でうるっときて、感情の移入度は明らかなのだからやはり違和感を感じる。
音妃の時は強く実感したし、決して期間の長短ではないのだろう、そう思っている。
彼女は昨日、泣かないって決めてたし、笑顔で終わりたいって、そんなようなことを言っていた。
彼女はそれを全うしたし、とても美しかった。
あんなに白のドレスの似合う女の子もそうはいまい。
誰もあれが最後の姿だなんてわかりようのない、そんな美しさだった。
何故か界隈も被らない現場なのに行きはじめ、思えば潜在的に彼女のことが好きであると自認していた。
きっかけがとっても面白くて、とあるヲタクに会いに現場に行ったのが最初だった。
しかもそのヲタクは自分の普段行くような界隈にはかすりもしない現場に足しげく通うヲタク。
さらに沸く方の、仲間内で輪になって、ステージに背を向けて騒ぐヲタク。
普通なら自分が大嫌いなタチのヲタクだ。
そのヲタクは自分の高校の先輩の古くからのお友達で、同じサンリオ男子で、それがきっかけでフォローした。
しかもその先輩とは年に2回(コミケで)会うか会わないかの人。
在学中、面識はあったがどこかで大きな接点があったかというとそういう訳でもない。
が、なぜかその先輩の友達のヲタクのことが気になって、そのヲタクの推しの子がかわいかったから神田まで行った。
短絡的でもなければロジックが成り立ちもしない、今思っても理解不能な思考回路だ。
いざ会ってみたらそのヲタクはとても自分の(人間的に)好きな類の人間だった。
そして、その推しの子も本当にかわいくて、"また来よう"、そう思った。
先述の通り界隈は被らないし、行く理由はかわいい子とヲタクくんに会う以外になかったし、2コイチみたいなところがあったからヲタクくんが行けないって言った現場は確か行ってなかったんじゃないかな。
でも、彼女と何度か話し、そして私服の彼女を目の当たりにし、自身の潜在的好意に気付いてしまった。
正直、現場としては嫌いな類だし、とくに運営は嫌いな類だった。
あの運営の振る舞いそのものを拒絶していた。
自分は品のないヲタクも品のない運営も嫌いだ。
特に後者は大嫌いだ。
言ってしまえば昨日のそれは特にひどかった。
札束で殴り合うのはこちらサイドであり、運営提示でやることではない。
確かに今のご時世いろいろ大変なのはわかるけれど、あれはないよ。
だけどそこには自分の好きな女の子がいて、ある程度はその運営にお金を落とさねばならなかったわけで。
彼女には何気ない言葉で活力をもらったし、彼女の最後は見届けるべきだ、そう思っていた。
昨日自分は、あの運営に金を落とす最後の日だと、そう思って足を運んだ。
昨今の情勢はとても厳しく、地下界隈にとってイベントの開催中止を余儀なくされる日々はすなわち死を意味する。
地底に潜れば潜るほど傷は深刻で、イベンターか箱がNOを出さない限り出続けるグループさんも多数いる。
自分は今の"流行りモノ"の話題が大嫌いだし、アレに右往左往している関係各位がみっともないと思っている。
確かに自分は割と楽観的なんだけれど、楽観的とかそういうのは関係ないと思っている。
この世界は波こそあれど均衡が保たれるのが条理で、今は爆増したヒトを削減するターンなのであり、過去にも地球上で幾度となく起こってきたことなのだから慌てるべきことではない。
今時のネット社会はリテラシーとかそういう問題を超越して肩身が狭く、メディアの質も比例して低下した。
その社会性に流されて経済活動を阻害されているわけなのだから、自転車操業的な個人事業主(ここには中小のアイドルグループなどを含む)や時給労働者にとっては堪ったものではない。
あんまりこのことを書いても気分を害すだけなのでこの程度にするが、世間とは実に流されやすいもので、"昨今の情勢のあおりを受けて"我々は現場へ足を運びづらいわけで。
(自分に関しては条理に従うのみなので、むしろお金を使うターンだと思っているし、行きたい現場の行ける現場にはもちろん行くのだが…)
話は大きくそれたが、そんな情勢の中でもあれだけの人に見届けてもらえたのは彼女の人柄あってこそだろう。
自分だって元々21時までの勤務を調整して18時に上がって駆け付けた。
そうやって何かしらの負を背負ってでも見届けたい、見届けねば、そう思えたのも彼女が彼女であったからだと確信している。
彼女ともっと早く出会えていたならば、もっと彼女の色々な側面を垣間見れただろうし、はたまたもっと好きになっていたかもしれない。
考えれば考えるほどこのような形での出会いがあるまで気付けなかった自分の不甲斐なさを痛感する。
もっと早く出会えていたならば、彼女にもう少し貢献できた部分もあるのかな、って。
今更そんなこと言ってもあとの祭りなんだけれどもね。
本当にかわいくて、とってもいい子で、ちょっと抜けたところがあるけれど真っ直ぐで。
あなたのことはアイドルとして、人として、尊敬できるし大好きです。
あなたからもらった活力に対してのお礼をし切れていない気はするけれど、夢が叶うようその分祈ります。
夢を叶えたあなたにまた会えると信じています。
土地は人を結ぶので、あなたの言った「またどこかでバッタリ会えそう」という言葉は真であると思っています。
お互い元気な姿でまたいつか。

ひなたななこさん、ご卒業おめでとうございます。
大好きです。またね。
僕とtipToe.
表題の通りです。
tipToe.という自分にとってとても大事な要素、そしてその推しの椋本真叶さんについてまとまりなどなく連ねてみています。

うーん、わかってはいたけれど、いよいよ時が来て終わってしまったんだな、と。
頭で理解していても体が順応しない。
というくらいには自分のドルヲタ人生を語るにおいて欠かせないような存在だったのですが。
元々tipToe.に関しては「都塚寧々がかわいくて楽曲がいい現場」という認識で、在宅でした。
それはブクガでも同様で、曲は好きだが現場に行かないというスタンスで。
ただずっと現場に行きたい気持ちは持ってて、そんな時にこの自分が単推しになった時期が重なって。
その後に現体制終了について発表があって、むしろなんかこのタイミングで行ったら葬式厨のようなそれに自分を捉えてしまってナンセンスだな、となって行きづらい部分も増えてしまって。
とはいえ、その後も情報は追っていて、花咲なつみさんがかわいいなーと思ってTwitterもフォローして。
あ、それまでは都塚寧々さんしかフォローしてなかったんです。
後々の話にも出てくるのですが、十中八九寧々ちゃんが入口なのがtipToe.の面白いところでもあります。
話が逸れたけれど、寧々ちゃん以外にも興味を持った以上には現場に行きたいと改めて思って、知り合いにつれてってーって言ってたんですよ。
なんだかんだでヌュとのツーマンであったdubriseが初見になって、まぁそれも変則的なそれではあるのですが。
当時は寧々ちゃん推しでしたから、夢日和でネネチャンッ!!って前に突っ込んでたのですが。
寧々ちゃんとの初接触で前突っ込んでたことに言及されもして、なかなかに面白い出だしだったわけで。
その後、ツアー大阪の頃には椋本真叶さんに心が移っていて、別に寧々ちゃんが悪い訳では無く、ただ単純に真叶ちゃんとコミュニケーションを取ることがとても楽しくて。
真叶ちゃんはすぐツイ消しするし、通知取るだけだと拾いきれないことがあってIFTTTとEvernote連携かけてツイート拾うそれを組んでみたりもしたし、それでもやっぱり真叶ちゃんの本心を100汲み取ることはできなかったと思う。
けれど、それでも、真叶ちゃんのツイートを見て真叶ちゃんの"ほんの一部"を垣間見て、時に一喜一憂して、こんなことやものが好きなんだ〜って思ったりして。
自分の汲み取れた精一杯で、とっても苦手な手紙を書いたし、気になっていると言っていたコスメをプレゼントにしたし、お前の精一杯はそんな程度かって思われたらまぁ自分にゃそれしかできないただただ弱い奴でしかないけれど、自分にとってできることはしたつもりで。
本音を言えば犠牲や代償も大きかった。そりゃあ年始にNPPなんぞに行く時間があれば関係各所へのゴマすり挨拶回りなんて当たり前にできたわけで。
それでも年始からこの自分がヲタクをしにはるばる台場まで出向いて、それだけの行動活力を与えてくれたのは紛れもなく真叶ちゃんで。
昔から自分を知っているヲタクに「年始からななよんがヲタクするなんて…」って言われたくらいには自分にとっては常軌を逸した行動を取っていて、そのくらい真叶ちゃんは自分の心をがっしり掴んでいた。
あと〇回、そうやって数えられるくらいしか残りの現場がない時期にぱっと出のヲタクがガンガン回ってて、昔からいた人にとっちゃきっと、いや絶対に目障りだったと思う。
自分の行動そのもののナンセンスさは自分が1番わかっていたし、他のヲタクへの申し訳なさはとてもとてもあった。そして真叶ちゃんへの申し訳なさももちろんあった。
前にいたところで推しにあしらわれて、推し被り以外の範囲までに迷惑かけつつ他界している身なので余計に思うんだけれど、口にしていたかしていなかったかはさておき、自分を絶対によくは思っていないヲタクとそれに推しが大なり小なり共感する構図は常に頭の中にあって。
だからこそこの現場で推し被りと仲良くなろうとは思わなかったし、最低限のいい顔をして、最低限の"そこにいた証"を残して、そんな立ち回りをしていた。
なので余計良くは思われていなかったと改めて思う。やはり自分の行動はナンセンスだ。
それでも自分は誰よりも椋本真叶のことが大好きな自信はあった。
おいおいまじかよw って思われると思うが、それは当たり前の正常な感情だと思うが、見かけ以上に真叶ちゃんのことが大好きで。
たぶん表にそういう感情がそこまで強く見えていない理由のひとつに、単推しではないという要素が強く関連しているのだけれど、単推しでいると周りを巻き込んで自分自身がぶっ壊れる未来は目に見えていて、だからこそDDでいて感情を分散する努力をしているからというものがあって。
あともうひとつ言えるとすれば、過去の何人かの推しのような「繋がりたい 」というヲタク的感情は実は一切なくて、椋本真叶が椋本真叶として有り続け、その時間と空間を享受できればそれ以上を求めないという感情も関連するのかもしれない。
たった数ヶ月、されどそんな短期間には思えないくらい自分にとってはとても濃くて、楽しくて、幸せで。
それでもまだ絶対的に真叶ちゃんと同じ空間にいて、真叶ちゃんのことを想って、その時間はやっぱり足りなかった。
何度でも言えるが、真叶ちゃんともっと早く出会いたかったし、もっとたくさん話したかったし、もっともっと真叶ちゃんが自分の生活の、人生の基盤でありたかったし、できることならば過去に戻って人生丸ごとやり直したい。そしてもっと早くに真叶ちゃんに出会いたい。
tip行きたての自分に対し、マストドル繋がりでの親交のある方との飲み会で「みんな最初は都塚寧々で入るけど他の子を推すようになる」って言われて、当時は否定してた。
今なら言える。それは真だ。
でも、まさかそれが真だとしても少し前の自分には真叶ちゃんを推すとは想像もできまい。なぜならTwitterをフォローした順は都塚、花咲、日野、三原、成瀬、椋本だから。語弊なきよう話せば、「興味を持った順」にフォローをしている。
すなわち寧々ちゃんとは1現場1チェキが限度なので他の子と撮る時にこの順で他の子にも顔を出そ〜だなんて気でいた。明らかに真叶ちゃんにたどり着くまでに時間がかかる想定だったことは明白だ。
しかし三原さんとも成瀬さんともチェキを撮れぬまま終わってしまった。
それだけファーストインパクトの弱かったメンバーが推しになりうるだけあって、真叶ちゃんの魅力は計り知れないくらい深い深い、そして広大なものなのだ。
前半部分をダラダラ書いたのには、ここまでたどり着く前に閉じるなら閉じてほしかったからなのもある。ここまで読んでくれているのなら、上の物言いも誤解を受けることはないかなと、そんな意図がある。
なんでって、これは9割真叶ちゃんへの手紙に書けなかったことを書いているから。
先述の通り真叶ちゃんにも真叶ちゃん推しにも好かれていた訳もなく、むしろ嫌われていただろうと思っている。
もしも真叶ちゃんが自分なんかのことを好きでいてくれたのなら、嬉しいけれど申し訳なさが勝るからこういう前提にする。させてくれ。
自分に与えられた時間が究極的に少なかっただけに、真叶ちゃんに好かれたかっただなんて恐れ多いし、自分は自分という存在がどれだけ真叶ちゃんのことを大好きなのか、それをいかに伝えるかに注力していた。
真叶ちゃんはとっても優しいから、そしてとてもSNSを器用に扱うから、「椋本さん」か「真叶ちゃん」かで呟けば見てくれるし、とにかくTwitterに呟きまくった。
とある日に言われたのは「最近たくさん私のことツイートしてくれてるね」って言葉で、ちゃんと伝わってたーって思えた。
と同時に、工数を増やしてしまっている申し訳なさも感じた。最近業務効率化のことを考えてるのもあって。
エゴサなんて手間がかかるし、それを短スパンで行っている子だからこそ、余計に。
でも自分は照れ屋だし手紙にするのも字が汚すぎて自分的に無理なので、それでもTwitterを使う他なかった。
やっぱり自分はナンセンスだ。
なので何かしら立ち入った話をできる立場になかったし、レスもこなくて当然、そう思っていた。
もっと他に割くべきリソースはあるしね。
と、病んだヲタクみたいな物言いはどうでもよくて。
この距離を埋めてゆく過程を踏むだけの時間がなかったことがとにかくの後悔で、それ以上でも以下でもない。
同じことしか書いて無い気もするが、とにかく好きである気もちをたくさん伝えて、大の苦手な手紙も書いて、やることはやったつもりだ。
あとは真叶ちゃんがどう受け取ってくれるのか次第なのだが。
とにもかくにもお疲れ様でした。
卒業おめでとう。
出会えたことに感謝しています。
とてもとても幸せな時間を与えてくれました。
これからもずっと、大好きです。
またどこかで出会えたら、なお幸せです。
きっとまたいつか会えるって信じてるね。
ありがとう、またね。

対価を"ペイ"するということ
自分らヲタクの払うチケット代、特典会代、交通費などなど、あらゆる経費をペイする思考について、書いてみようかと。
交通費に関しては「紙切れが撮れないと運賃の元取れない」っていう"コアなヲタク"をやらしてもらってるんで(ここ最近元の取れないペイが多いので)すが、これはこの文章を目にする人々にとって関係の無い話なので省略。
ヲタクというものには金銭が発生するわけで、その金銭の概念自体を文章にしようかなというわけで。
チケット代については言わずもがなライブという空間に対してペイするもので、「チケ代たけーよ!」などという声を耳にすることがあるが、これはそのヲタクにとってその金額ペイして提供されうる空間でないという認識・判断を意味する。
特典会、わかりやすくここではチェキ代と書くと、チェキ代はアイドルさんとヲタクとがその日の記念の写真を撮って、そこにサインや宛名、コメントを入れ、かつその間に会話をするという物理的記録と概念的時間に対してペイするものである。
すなわち、チェキ代においても高いと思うるのであれば対象の人との会話やその時間、記録ヘペイするに相応しくないという判断を意味する。
宣伝とは「いかにペイさせたくするか」であって、ペイさせる層によって手段を変えることが有用である。
例えば毎日野菜ジュースの写真をアップするアカウントがあってもそれを以て興味をひきつければよいわけである。
前述の通り、主に私らヲタクは時間に対してペイする機会が圧倒的に多い。
アイドルという産業に於いて、地上や地下など関係はないわけだ。
なので特典券を購入して来ているヲタクに対して規定の時間の対話を拒むなどというとあるヲタクから聞いたエピソードに関しては"有り得ない"ことだし、まかり通る運営も信用ならないのは言うまでもない。
我々ヲタクはいち消費者であり、それぞれの現場に求めるものは変わってくる。
例えば濃厚接触を売りとする現場であれば接触を求めるし、(一般的な意味での)楽曲派現場であれば音楽を楽しむ空間を求めるし、現場には一長一短があるわけで。
全てを1つで収めきるには相当な引き出しとキャパシティを要するわけで、これがソロでやっている方だと結構ハイバランスだったりする。
いちグループに属し、ほかのメンバーの10倍の売上と集客がある訳でもないようなアイドルに対して全てを求めるのはナンセンスだし、まるでそれをこなせるような物言いをするアイドルというのも考えものだ。
やはり、論理的に考えて趣味としてヲタクをやる以上は「分散型」が高い幸福度を得られる。
例外が盲目的であったり、古参だったり、故の惰性だったり。
例外になると視野が突然狭くなるから例外にはなりたくないものですね。
なにせ、時間への対価をペイする消費者という立場な訳ですから。